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読み物 

小説【みかづき】塾のモデルと、戦後の塾と学校の関係とその変化の歴史とは?

小説【みかづき】から読み解く戦後の【塾と学校との関係の変化】と塾のモデル

小説【みかづき】を読んで、戦後以降の学校と塾の関係が変化していく事と、わたしが知らない塾と学校との関連が書かれていたことが面白かったです。

また、塾同士ですら、足のひっぱりあいをしていた時代があったことを知り驚きました。
そんな戦後の塾の歴史や、塾と文部省との関係の変化について書かせて頂きます。

どうぞよろしくお願い致します。

小説【みかづき】から読み解く戦後の塾と学校の関係とその変化の歴史とは?

三代に及ぶ赤坂一族の面々が、とても個性豊かで面白かったのです。
もう一つこの本で、面白かったことがあります。
それは、塾と学校との関係です!

わたしは、戦後塾が文部省やマスコミから非難されていた歴史も知りませんでした。
また塾が乱立したことによる、塾同士の熾烈な争い「津田沼戦争」が起こりました。

そして、1999年の塾と文部省の歴史的会談。
文部省が塾を学校の補完機関として容認したという出来事です。
これは、戦後の文部省と塾の関係を考えると異例な出来事です。

また、文部省の戦後の教育方針が行きあたりばったりのひどいものだ、という事もよく分かりました。

そんな行きあたりばったりの教育方針から「偏差値編重教育」や「ゆとり教育」やが生み出されました。

しっかりとした方針がないまま、文部省の行きあたりばったりの教育を受けさせられる、こどもたちが一番かわいそうだと思いました。

教育ってなんだろう?学ぶってなんだろう?
教育って、もっときちんとした理念や太い柱が必要ではないんかな?
自分の頭で考えられる人を育てるのが教育ではなかろうか?と思いました。

少し前置きが長くなってしまいましたが、千明が戦後間もない頃は太陽と月の関係だと言った学校と塾の戦後の歴史を一緒に辿っていきましょう。

以下は、集英社web文芸のサイトを参考にさせて頂いております。
集英社web文芸

昭和30年代後半から

戦後のベビームーバーが高校受験の年齢に達し「十五の春には泣かせない」を標語とした高校全入運動が過熱します。

これは、公立高校の門戸を広げ、誰でもが高等教育を受けられることを目指した施策です。
この頃、戦後間もなく、世の中は貧しく、現在ように高校進学率も高くなかった時代です。

そのような社会情勢の中で、若者が高等教育を受ける機会を増やそうというのが、この施策の基本路線でした。

そして、高度経済成長期へ。
余裕のできた家庭が子どもの教育への投資を始めます。

しかし、その反面マスコミなどの塾批判が相次いでいました。
「塾はこどもを食い物にする悪徳商売だ!」など塾批判の記事が相次ぎました。

昭和50年~

「乱塾時代」となる流行語が生まれます。
塾ブームの絶頂期でした。

この時代から、千明と吾郎の塾の経営方針が変わってきます。
千明は塾の生き残りをかけて、補習塾から進学塾へと舵を切り替えます。
吾郎は、学校で落ちこぼれている子どもほど塾が必要だと言います。

吾郎のいう事は理想です。
でも、塾の生き残りという意味では千明がとった舵取りは、塾の経営といったことを考えると正しかったと思うのです。

どの塾も生き残るために必死でした。
綺麗ごとだけでは生き残れなかったと思います。
本当の意味で正しかったかどうかは別として。

そして、1984年の「津田沼戦争」
塾同士の足のひっぱりあいです。
千明の塾も、他塾から中傷のビラがまかれます。

千明も悩みます。

本来は、自分の頭でものを考える力を育む教育をしたかったのに、いつのまにか子どもの成績が良くなることより、経営の決算の数字が上がることに喜びを感じるようになったことを。
どこで自分は道を間違えてしまったんだろうか?と。

平成5年

文部省が業者テストを全面追放。
偏差値に基づく進路指導を行わないように自治体に要請。

業者テストを廃止したおかげで、公立高校も内申書が重視され、内申書で入学できるようになってから、公立高校の質がどんどん低下していきます。

そして、それによる進学塾vs補習塾の争いも泥沼化していきます。

何故なら、学校が偏差値制度を廃止すれば、生徒や親は進路の選択に悩み、塾にその代役をもとめてくるからです。
受験に強い進学塾にとっては商機になったわけです。

この時期千明は、自分の思い描く私学を作りたい!という夢は、消えてしまいます。
しかし、事務長の国分寺の提案で塾でも学校でも落ちこぼれの子どもたちに、用務員室を改装して無料補習をやろう!という話が出てきました。

平成11年~

文部省が塾を学校の補完機関として容認。

これもふざけるな!というはなしですよね。
今まで、さんざん塾を貶めて、自分たちの政策がにっちもさっちもいかなくなったら、これから仲良く手を組もうじゃないか。という話ですよね。

わたしが塾経営者なら、ふざけるな!と思います。

文部省の指導する教育だけでは、千明が理想としていた自分の頭で考える子を育てることは不可能だとも思いました。

小説「みかづき」では、ここがクライマックスなんです!
なんと、行方不明の吾郎が文部省と塾の会見の場に再登場するのです!

この場面は是非小説でお読みください!

平成14年

文部省完全週休2日制を実施。
ゆとり教育が本格化する。

ゆとり教育は、メリット・デメリットがありました。
実際に子どもたちの学力が下がったことにより、脱ゆとり教育に文部省は舵を取りました。

教育で絶対的な正しさはないと思います。
しかし、これがダメだったらあれという文部省のやり方にはやはり不信感しか持てません。

文部省だけじゃなくて、政治自体に不信感しか持ってないですが・・・。

平成19年

教育基本法の改正
43年ぶりに全国学力テストが復活

教育基本法の改正理由~

学校、家庭、地域社会が全体的に教育力を低下させるなかで、本来は家庭や地域社会で行われるべき子どもの育成までもが、学校に期待されるようになってしまいました。過剰な課題を抱えた学校がその役割を果たし切れなくなり、それがまた社会全体の教育力低下を生む、という悪循環に陥っているのです。

そこで今一度、基本に立ち返って、教育の理念として何を大切にしようとするのか、幅広く議論をして、これからの時代にふさわしい教育理念を国民の共通理解として打ち立てるために、国民全体による教育改革を進め、「教育基本法」を全面改正しようということになったのです。

文部省にベネッセの記者の方がインタビューされた記事です。

確かに、上記にもあるようにあまりに学校に色んな役割を押しつけている現状には問題はあります。
言っていることはすごく正しいのですが、やはり不信感を拭えず。
でも、文部省だけを悪者にするだけでは、結局同じことの繰り返しです。

どんどんと混迷化している時代です。

何が正しいのかもよく分からなくなっています。

こんな時代だからこそ、何よりもまず家庭で子どもたちが笑顔でいられるようにすることが大切だと思うのす。
けれど、その家庭ですら虐待や貧困問題が顕著となってきています。

この混とんとした時代に、子ども食堂や子どもの問題を改善しようと立ち上げている全国の有志の方々は本当に凄いと思います。

教育の前に子どもたちに必要な事は、笑顔で生き生き過ごせる環境であることだと思います。
その次に教育なんだと思うのですが、今はもうその土台が崩れてきているのかもしれません。

でも、「みかづき」を読むと明るい未来があると思えるので是非お読みください。

小説【みかづき】に出てくる塾のモデルのとなった塾は?

小説「みかづき」のモデルとなった塾は、市進学院です。
市進学院発祥の地は、千葉県市川市になります。

1965年に市川真間の一軒家で小中学生向け学習塾「真間進学会」を開設、以来53年にわたって教育事業を展開、現在は学童、高齢者事業など幅広い事業に取り組んでおられます。

本日は、戦後の塾と学校との関係と変化について書きました。
かなり長文となりましたが、ここまでお読み頂きありがとうございました。

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