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映画【羊の木】宮腰はサイコパスなのか!?宮腰という人間を考察するおさる

今回は、映画【羊の木】の宮腰に、焦点を当てて書きたいと思います。

宮腰は、わたしにとって最初から最後まで、気味悪く怖い存在でした。
でも、反面この人はどういう人で、何を考えていたのか?が最も気になった人でもあります。
そこを、深く掘り下げて考えてみたいと思います。

どうぞよろしくお願い致します。

映画【羊の木】の宮腰とはサイコパスか?

宮腰一郎

最初から、違和感がありまくりで、怖かったのはわたしだけでしょうか?
正直、宮腰のような人間が近くに来たら、即効逃げます。

彼の人との距離感に、なぜか上映中ずっと違和感を感じました。
でも、そこを分かって演技しておられるなら、松田龍平さんの演技力がすごい!ということです。

宮腰は、自分の邪魔になる人間は、容赦なく虫けらのように殺します。
恐らく罪悪感すら感じていません。

そして、人を殺めるまでの不安定さや、アンバランスさも怖かった。
何をしでかすか一番分からないのが、彼でした。

同じ悪人でも、分かりやすいのは杉山ですね。
杉山は、分かりやすいタイプの悪人なので、まだわたしの理解の範疇なのです。

けれど、宮腰は理解できない。
人間って、自分の理解に及ばない人間に対し、恐怖するのではないでしょうか?

なんの躊躇もなく人を殺す姿を見たら、サイコパスかと思います。

サイコパスの特徴として下記があります。

①口達者で、一見魅力的
多くの専門家が挙げるサイコパスの特徴の一つが、口達者で社交性があり、表面的には魅力的に見える事です。

②非常によく嘘をつく
自分自身を偉大な人物や同情すべき「可哀相な人」に見せるためにサイコパスが使う技の一つがをつくことです。

③同情を引こうとする
サイコパスは他人を利用するために「可哀相な人のふり」をして同情を引こうとするという手をよく使います。

③無責任で問題行動が目立つ
サイコパスは言葉と行動が全く噛み合わず、普通の人から見ると信じられないくらい無責任な印象を受けます。

④衝動的な行動
サイコパスが用意周到に悪事をはたらく事もありますが、一方でとても衝動的・刹那的な行動も目立ちます。

⑤責められると逆切れ
サイコパスは責任を追求されて心理的に追い詰められると、逆ギレしてその牙をあなたに向けることがあるかも知れません。

⑥感情が浅く思いやりが無い
サイコパスは愛情や良心を持たないというだけでなく、あらゆる面において感情が希薄で表面的であるという特徴があります。

③④⑥がサイコパスの要件として、宮腰は当てはまると思います。

宮腰がサイコパスでないと思うところは?

上記のサイコパスの要件だけを見ると、サイコパスって一見魅力的な人間に見えるのですね。
怖いことに・・・。

映画中は、魅力的に描こうと監督はされてたんでしょうね。
月末の同級生石田も、彼に惹かれて、付き合い始めます。

でも、ごめんなさい。

魅力的に描こうとされていたと思います。
しかし、わたしには、ただただ宮腰が気味悪く、怖い存在としか最初から最後まで思えませんでした。

ただ、彼が、月末に対して、質問するんです。
「それは役所の人間として聴いてるのか、友達として聞いてるのか」と。

彼は、月末が友達として好きだったのです。
高校時代にもし、月末とバンドを一緒にやっていたら、今とは違う未来が待っていたのではないか?と宮腰は言います。

そこが切なくて、ただ単なるサイコパスだとは言い切れないと思った場面でした。

でも、彼は、やはり人として大事なところが欠けています。
それも彼自身分かっていたのだろうと思うのです。
遅かれ、早かれ彼は、殺人を犯していたでしょう。

月末を巻き添えにして、つきすつつつ崖から海へ飛び込んだのは何故か?

段壁

宮腰は崖から海へ飛び込もうとした。
月末を道連れにして。

ここが、悩みました。
なぜ、月末を道連れにしなければいけなかったのか?

これは、のろろ伝説と関係があります。
のろろ伝説の言い伝えでは、のろろ様の怒りを鎮める為に、二人の人間が生贄として岬から落とされます。
そして、一人のうち片方は助かるという逸話が残っています。

彼は、人を立て続けに3人も殺してしまい、行きつく先は死刑だとも自分で語っています。
そして、岬で月末は宮腰に怒鳴ったんです。
「友達だろ!」と。

月末は、友だちとして、本気で宮腰に怒りました。

宮腰は、今までの世界では、自分を受け入れてもらえなかった。
なのに、最後の最後で月末の言葉により希望を得られた。
でも、もう後がない。

そんな時に、のろろ伝説を思い出します。

もし、のろろ様の審判で再び生を得ることができたら、この世で生きていていいのではないか?と思い、賭けに出たのではないかと思うのです。

彼は、自分本位です。
だから、月末を巻き添えにできたと解釈しています。

この部分が本当に宮腰が、宮腰である所以だと思います。

宮腰の大切にしているものは、理解できるかもしれません。
しかし、自分の大切なものを守る為に、人を殺すことがわたしには理解できない。

人を殺めてはいけないというのは、この世で生きていく上では、絶対的なルールです。
それが、できない宮腰は、いてはならない存在だったとわたしは思うのです。

結果、彼はのろろ様の頭が落ちてきて、死にます。
彼は、「やっぱりか。」と思い海に沈んだことと思います。

最後に

うーん。

彼という人間を考察してみたけど、本当に難しい。

映画で言えば宮腰以上に利己的なのは、あや、太田だとおもいます。

宮腰が、人を殺す殺さないの境界線がおかしいから異常さが際立ちます。
しかし、この2人はそういう意味で至極まともです。

でも、自分のことしか見えていないし、考えてないのは、宮腰と同じだと思います。

相手の立場に立つということが3人とも全くできていない。
自分の感じたまま、衝動的に生きているという点ではこの3人は、同じです。

ただ、彼女たちは、世の中で裁かれることない範囲の利己的さなので、この世の中をこれからも生きていけるんでしょう。
ただ、今後この2人が幸せになれるとは、到底思えないのです。

そして、彼女たちのズルさや利己的さは嫌悪するけれども、理解はできるんです。

宮腰は、ズルさはないです。
自分を守るその1点で行動してます。
守るためにしたことが殺人でした。
そういう意味では、ものすごく純粋でアホです。
けれど、躊躇なく人を殺す安易な考えや行動に、わたしは恐怖します。

しかし、異質を受け入れてもらえるかが、宮腰にとっては鍵だったんでしょう。

もし、最初の殺人でその異様さを認めた上で、それを諌める人がいたら彼は殺人を犯さなかったかもしれません。

そして、殺す以外に自分を守る術があるということを教えてもらっていたら彼は、もしかすると、こんなに安易に人を殺さなかったかもしれません。

でも、それができる人に出会えるなんて、奇跡です。

ただ、宮腰という人間を考察して、自分と異質だからという理由で彼を見ないようにする、わたし自身のズルさや身勝手さも教えてもらいました。

そういう意味でも、大変意味のある映画でした。
ただ、かなり精神的に疲れました。
映画を見て、ここまで自分の内面とも向き合った映画は、初めてです。

まとまりがない文章でしたが、宮腰に対して思うことが存分に書けました!

ここまでお読み頂きありがとうございました。

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