映画

映画【ボヘミアンラプソディー】日英で逆切れ・酷評されていたデビュー当時のクイーン

映画【ボヘミアンラプソディー】日英で逆切れ・酷評されていたデビュー当時のクイーン

こんばんは!

クイーンの映画を見に行くという事で、クイーンのにわかファンになっているおさるです。【ボヘミアンラプソディー】が発売された当時は、すでに有名でした。
しかし、デビュー当時は、あまりに異彩を放つ彼らに英国をはじめ日本のメディアで酷評されていたのです。

本日は、デビュー当時の日英のクイーンへの酷評について書かせて頂きます。

どうぞよろしくお願い致します。

映画【ボヘミアンラプソディー】日英で逆切れ・酷評されていたデビュー当時のクイーン

<ボヘミアンラプソディーは、全英チャートで9週間1位となり、76年1月末までの3カ月で100万枚を売りました。
また、シングルの売り上げが英国で歴代3位という大記録を打ち立てています。

しかし、こんなすごいクイーンも、デビュー当時は日英で酷評されていたました。

クイーンは、1973年、『戦慄の王女(QUEEN)』 でデビューしそれなりの人気を集めました。
しかし、当初イギリスのメディアや評論家からは「ツェッペリン」のヘタなものまね、小便桶と酷評されてしまいます。

日本の評論家達も、メイ独特のコインを使ったギタープレイを、三味線ロックとボロクソに貶していました。

才能ある人でも最初はこうなんですね。
というか、彼らは逆に才能がありすぎたのかもしれません。

下記サイト様が、クイーンのアルバムの歴史について書かれていますので
、是非お読みください。

1974年発表の2ndアルバム『クイーン II(QUEEN II)』は
メイの色々な音色を使ったギターで多重録音された曲から始まるように
前作よりプログレッシブ・ロック寄りな音作りがなされ
完成度が増したにもかかわらず
今度はピンク・フロイドの物真似と
相変わらず本国の評論家からは低い評価しか得られませんでした。

ただシングルカットされた「輝ける7つの海(Seven Seas of Rhye)」
この曲はデビューアルバムではインストとして収録されていましたが、
それにフレディが詩を付け発表したところ全英10位となるヒットとなり、
アルバムも全英5位を獲得します。

そのため、あれほど貶していた評論家達も評価を替えざるを得なくなりました

1974年、3rdアルバム『シアー・ハート・アタック(Sheer Heart Attack)』
からカットされたシングル「キラー・クイーン(Killer Queen)」が
全英2位の大ヒット。翌年には全米でも12位となり
広く一般にも認知されるようになりました。

そうして1975年に初来日した際には空港に大勢の若い女性ファンが駆けつけただけで無く
ライヴも大成功を収めます。

前年、ディープ・パープル、モット・ザ・フープルの前座での
全米ツアーではメイの病気のため途中で降板し意気消沈していたメンバーは
日本での熱狂的な歓迎に大変感激して
それ以降本国以外では最初に認めてくれた日本に対しては特別な感情があると
その後のインタビューで語っていました。

ボヘミアン・ラプソディは、
当初、長すぎるとしてシングルカットを渋ったレコード会社でしたが
結果的には全英9週連続1位の大ヒットとなり
アルバムも初の全英1位を獲得。
この頃になるともう貶す評論家は、誰もいなくなりました。

出典:私とロックとの出会い

最後に

クイーンも、最初されずに批判されましたが、世の中の人々が認めるようになると、批評家も認めざるを得なくなったのですね。

クイーンの映画も前知識なしで、見ても面白いとは思いますが、その時代背景やフレディ・マーキュリーについて知っておくとさらに深く楽しめると思います。

わたし映画を本日みてきましたが、クイーンのバンドの4人が、みんな大学で主席をとったり、賢い人たちばかりでびっくりでした!

それについては、また後日追記していきたいと思っています。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

■映画 「ボヘミアンラプソディー」の関連記事

あわせて読みたい
クイーンの【ボヘミアンラプソディー】の歌の和訳と意味と隠されたメッセージとは?
映画【ボヘミアンラプソディー】の和訳と隠されたメッセージとは?あさって、「ボヘミアンラプソディー」の映画を見に行くのですが、 タイトルの歌ぐらい聞いて行こう!と思い、曲を聞くと・・ ...
あわせて読みたい
【ボヘミアンラプソディー】×【ジョジョ】歌と能力って関係あるの?「ジョジョの奇妙な冒険」は、息子がアニメで見ているのを一緒にたま~にみるぐらいです。 「ボヘミアンラプソディー」をネットで調べてい...

■フレディ・マーキュリーの関連記事

あわせて読みたい
【フレディ・マーキュリー】の死因とその背景にあった孤独とセクシュアリティ!クイーンのボーカル、【フレディ・マーキュリー】は、45歳の若さで亡くなりました。 彼の人生は、壮絶でした。 しかし、そんな人生を...
あわせて読みたい
クイーンの【フレディ・マーキュリー】が日本好きだったエピソード!
クイーンの【フレディ・マーキュリー】が日本好きだったエピソード!クイーンのボーカリストのフレディ・マーキュリーは、親日家でも知られています。 本日は、そんなフレディ・マーキュリーのエピソードをご...